-家族と家族のつながりは人類祖先の「発明」、脳発達に必要不可欠-
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新時代の創造に向かって 目次:

新価値観:家族の継続と老人の役割

 50才代・60才代はこれからの人生のいろいろなことを考えざるを得ないステージです。今後の人生の軸足をどこにおくのか、何のために生きていくのか、さまざまに考えを巡らし、迷われている方も多いのではないかと思います。
 
 日本は戦後の改革で家制度を廃止し、高度成長期に核家族化を進行させました。また、近年の経済のボーダレス化により世界中で仕事をするために日本から離れて海外で暮らす家族がいることは珍しくなくなりました。家族が小規模化し、互いに遠く離れて暮らす風景が今の日本の姿です。
 家族・一族は遠く離れていても大事です。新しい生命を生み育み、生命を終え命を次の世代に営々と伝える機能があるからです。それは人類発生以来の役割・機能であったろうと推察しています。いわば、生きるも、死ぬも家族の中で行われることが当然のことであったのでしょう。一人ひとりの命は「家族・一族の継続」に基礎におくものと考えられるのではないでしょうか。すなわち、 「家族・一族の継続」と一人ひとりの人生の行方は本来切り離すことが出来ない不可分の関係であると考えられます。
 
 私は家族を学問的に研究してきたものでもありませんし、宗教家でもありません。ただ老人医療や福祉の現実を見てきています。入院・入所中の老人の中には1年に1度も子や孫の来訪を受けず、家族との関係が切れてしまっている同然の方が沢山おられます。また家族による介護忌避の問題も深刻です。
 私には、施設で見たあきらめ顔のご老人たちの顔が忘れられません。子や孫とのつながりが切れてしまい、どこまでも淋しそうな顔です。
 
 一方、ご存知のように世界(スイスやアメリカなど)には100億円以上の資産を持つ超富裕層を対象にした「ファミリーオフィス」サービスがあり、百年以上の歴史を持っています。その名の通り家族・一族を対象に相手に、専属の法律、金融、税の専門家から成るチームが張り付き、資金の安全管理・運用や子弟の教育(学校選択、留学アレンジなど)のサービスを提供しています。そして、このサービスは何代にもわたり継続して利用されているとのことです。 
 この超富裕層層向けのサービスから富裕でもない私達が学ぶべきことがあります。それは、私達が忘れそうになっている3つの大事なことです。超富裕層層のお金持ちは気付いていているのです。
 1点目:超富裕層は、離れて暮らす子、孫などを含め、家族・一族全体のことを考えているということ。
 2点目:このサービスの本質は「家族・一族の継続性の確保」支援サービスであり、家族の継続が人生にとって最も重要な目標であることを理解していること。
 ※家族・一族の継続性とは、結婚、子の誕生、親の死など繰り返し経ながらも子々孫々に命を無事に伝えることに違いありません。「ファミリーオフィス」は親から子へ、子から孫へ、など何代にも亘り家族が継続するように支援するサービスと解釈できます。すなわち、超富裕層は家族が今後何代にもわたり継続するということに価値を見い出しているということです。
 3点目:家族が連絡や顔を直接会わせることにより家族の結束を図っていること。

 1点目の家族全体をみることや2点目の「家族の継続性の確保」は、その必要性を明確に認識することが重要で、やろうと思えば資産の有無・大小には関わりなく誰にもできることがらではないでしょうか。 
 3点目の家族間のコミュニケーションについては、超富裕層からみれば資産がないに等しい私達にとっては一見難しいようにみえます。たとえば、九州や北海道、あるいは海外に離れ離れで暮らしている場合、みんなで集まるには、集めるにはお金がかかります。しかし、現代は誰でも利用できるインターネットがあります。インターネットを使うサービスを利用すれば世界中のどこからでもリーズナブルな料金でコミュニケーションすることができます。資産がなくても、ネットを利用することで家族と連絡を取り結束を図ることができることといえます。

 要は、家族・一族全体を思うこと、そして家族・一族の継続性の確保が重要であると納得することが最も大事で、納得できればネットサービスを使って家族・一族の結束を図ることができます。資産が乏しい私達にとって自前の「ファミリーオフィス」が作れるということではないでしょうか?

 現代の日本人の私達にはもう一つ錯覚があるようです。家族との関係です。意識と実行動が異なっているようです。各種意識調査では、50才代や60歳代の家族関係に関する意識は良好であるという回答が多いのです。一方、実行動はさんざんです。決して良好とは呼べません。
 高齢夫婦や一人暮らしの高齢の方は、買い物などで話す以外は他の人と1ヶ月一度も話していないケースや、とくに男性の方ですが1週間のうち3日以上淋しいと感じることがあると回答する人が30%もいるなど、とても家族関係が機能しているとは思えません。
 
 
 20歳青年の意識について世界各国との比較を行う世界青年意識調査(内閣府調査、1972年からおおよそ5年おきに調査)というものがあります。その結果によりますと日本人は欧米と比べ親孝行な民族だというイメージがありますが実はそうではないことがデータで示されています。 
 調査結果では年老いた親を扶養する意識はアメリカの青年は63.5%、日本の青年は28.3%となっています。また、自分自身が年老いた時に子に扶養してもらいたいという意識は、アメリカの青年は31.7%、日本の青年は10.8%となっています(第8回世界青年意識調査、2009年)。
 
 このことの意味はいくつも考えられますが、少なくとも気持ちの上での家族の結びつきは相当に変化したということはいえるのではないかと思います。旧憲法の家制度や儒教の家父長的な規範のせいで高齢者を敬う精神風土が戦後直後まではありましたが、徐々に弱くなり現在はそれらは崩壊しているとされているようです。そうです、日本は老人の人生を大事にする国ではなくなったのです。

 最近、ご自身の幸福追求を考えたことがありますか?若いときには考えられたと思いますが。ここで幸福論を論じようというのではありません。
幸福追求はご自身がご自身の手で行っていかねばならないという覚悟が必要だということです。他人や会社を当てにしてはいけないということです。とくに高齢の方は、これまでのことより明日に向かってご自身の幸福追求をお考えになられるべきと考えます。

 そのためにも、老人という生きものについてもっと多くのことを知る必要がありそうです。生きものとって、老人とは何?

 人類の進化の歴史を見ながら老人の役割を学びませんか?ご自身の幸福追求のために。

 
 

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9月 23, 2011   No Comments